北松斎と南部政直
北松斎と南部政直

南部利直と北松斎の対面
| 令和5(2023)年は北松斎 生誕500年 令和6(2024)年は南部政直 没後400年の年にあたります。 |

南部利直と北松斎の対面
◆北信愛(のぶちか)(北松斉)1523~1613年 「花巻開町の祖(恩人)」南部家の家臣・長老(長生き91歳) 花巻城の大改修と城下町の形成(まちづくり)に尽力する
秀愛の父。南部家4代(晴政-晴継-信直-利直)に渡り、忠臣として仕える 家老として、南部家の家政や外交の中心を担った。 秀愛の病死後(1598年)、70代半ばで花巻城の2代目郡代(城代)を 16年間つとめる。花巻の城下町形成(花巻三町:四日町、川口町、一日町) と花巻城改修に尽力する。 しかし、松斉の死で花巻北家は途絶え、8000石知行地は藩に没収される。 原敬が編さん指示した「南部史要」(明治44年)には「花巻祭りは松斉なり」
雄山寺(北松斎墓地)にある案内板 ![]() ◆南部政直(まさなお)1599~1624年 最初で最後の花巻城主 花巻城の完成者 謎の毒殺? 令和6(2024)年没後400年 盛岡藩初代藩主・南部利直の次男(庶子)(信直の孫) 1613年北松斉没後、元服まもなく14歳の時花巻城主になる。 花巻城3百年の歴史上、ただ一人、最初で最後の花巻城主。 (2万石)になった領主。北信愛の計画を引き継ぎ、城改修とまちづくり の完成を導く。 25歳の若さで毒殺されたと言われ、伊達政宗の陰謀とか、父・利直の の指示とか、などの説がある。 政直急死以後は、花巻城には城代(郡代)が置かれる。
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